IBDとはたらくプロジェクトは「ワークシックバランス」という考え方のもと、“病気があっても自分らしくはたらくことをもっと当たり前に”をビジョンに掲げ、様々な活動を行っています。11月26日(日)にはオンラインイベント『働くことが楽しみになるイベント@ライブ配信〜就活生・はたらき始めの皆さんへ〜』を開催。これから就活を迎える、または新卒1〜3年目のIBD患者さんを主な対象にIBDの専門医をはじめとする登壇者がディスカッションやQ&Aを通して“自分らしく働くこと”について考えを共有しました。

IBD(Inflammatory Bowel Disease:炎症性腸疾患)とは
IBD (Inflammatory Bowel Disease:炎症性腸疾患)は、主にクローン病と潰瘍性大腸炎を指し、未だに原因が特定されていない国の指定難病です。小腸や大腸の粘膜に慢性の炎症を引き起こし、長期に渡って再燃と寛解を繰り返します。患者数は世界規模で増加傾向にあり、日本には約29万人(クローン病:約7万人、潰瘍性大腸炎:約22万人)いるとされています*1。10代から20代の若年層に好発する特徴があります*2,*3

<参考文献>

IBDとはたらくプロジェクトについて
IBDとはたらくプロジェクトとは2019年5月、NPO法人IBDネットワークおよび難病専門の就労移行支援事業を行う株式会社ゼネラルパートナーズの協力のもと、ヤンセンが立ち上げたIBD疾患啓発活動です。IBD患者さんが、難病を抱えながらも自分らしくはたらくことを後押しするとともに、社会や企業への理解促進などを通じて働きやすい就労環境作りにも取り組みます。詳しくは、特設サイト(https://www.ibd-life.jp/project/hataraku/)をご覧ください。

1 IBD専門医によるレクチャー

IBDとはどのような病気なのか。働く上ではどんなことに気をつければいいのか。まずはIBDの基本的な知識について今一度理解を深めるところからスタート。レクチャーをしてくれたのはIBD診療のエキスパートである佐賀大学 医学部 内科学講座 消化器内科 教授の江﨑幹宏先生。潰瘍性大腸炎・クローン病はともに慢性に経過するため、IBD患者さんが「自分らしく働く」ためには継続的に治療することが大切であると説明をいただきました。
IBDの症状は身体的あるいは精神的なストレスの影響を受けるため、就労や就活と向き合う中で自らの体調管理を心がけながら前向きに取り組み、自らが納得できる治療を探してほしい、というメッセージでレクチャーを締めくくりました。

2 パネルディスカッション

パネルディスカッションには、江﨑幹宏先生や自身も潰瘍性大腸炎患者である傍ら多くの就職・転職の相談実績を持つキャリアコンサルタント長井亮氏らが登壇。先輩IBD患者さんも交えて、「仕事や職場の選び方」や「就活での自己PR」などのテーマについてそれぞれの経験をもとに自分らしく働くための考えや意見を交わしました。

2-1. 仕事や職場の選び方

岡崎さん(MC)

岡崎さん(MC) 皆さんはどんな理由で仕事や就職先を選びましたか?

山根さん(潰瘍性大腸炎患者)

山根さん(潰瘍性大腸炎患者) 私は障害を持つ方の就労支援に携わっているのですが、その道を選んだのは自分が病気を発症したことがきっかけでした。大学で社会福祉学を学んで、自分のやりたいことを叶えるために今の会社に就職。この仕事を選択する上で意識していたのは「自分のやりたいことをどうしたら持続可能に叶えられるのか」ということでした。就活の際には自分のできること・できないことを事前に可視化して面接官の方に伝えるようにしました。

山根さん(潰瘍性大腸炎患者)
くにさん(クローン病患者)

くにさん(クローン病患者) 私は高校生の時に診断を受けたので「病気を持ったことで、その理解や経験を生かせるかも」という思いから医療の世界を選び、看護師として働くことを決めました。体調に応じて、夜勤あり・なしにするなど工夫をしながら働きつつ、結婚後は出産・育児を視野に入れてパートの事務仕事に切り替えました。病気の状況はもちろん、その時々の生活に合わせて仕事を選ぶように心がけました。

長井さん

長井さん 私が発症したのも18歳の頃でしたので、病気とはかれこれ30年ほどの付き合いになります。当時は就職の際にもまだまだ情報が乏しかったのですが、今は様々な情報が共有されていますし、リモートワークや副業など働き方も多様化しています。ですので、病気の症状や状況に応じた選択肢の中で「自分にはどういう働き方が合うのか」を多面的に見ていくことで可能性もより広がっていくのではないかと思います。

長井さん
江﨑先生

江﨑先生 IBDの中でも特にクローン病は10代・20代の若い患者さんが多く、進学や就職の選択に伴って他院への紹介状を書くこともあります。私の患者さんの中にも山根さんやくにさん同様に自身の病気をきっかけに医療・福祉方面に目を向ける方が多くいらっしゃいます。病気を抱えながらも、そういった前向きな報告をしてくださることは診療している側としても嬉しいですね。

2-2. 就活での自己PR

岡崎さん(MC)

岡崎さん(MC) 就職の折に自分をどうアピールするか、売り込んでいくかということについてもご意見お聞かせいただけますか?

長井さん

長井さん このことで悩まれる方は多いと思うのですが、病気を持っている事で生まれる視点はある意味では大きな強みにもなり得ます。企業が面接時に確認することとして、きっかけ・行動・結果、それらから得た学びという4つのポイントがありますが、これは病気に対して患者さんが行うアプローチそのものです。病気というきっかけで、何に気づいてどんな行動を取ったか。それらによってどんな結果と発見があったか。こういったことをIBD患者の皆さんは日々当たり前にやっているわけですから、ぜひそこを強みにかえてほしいと感じています。出先でトイレがどこにあるか、薬はいつ飲むのか。常に先のリスクを考えながらルーティーンになるまで組み込んでいくというのも一つの立派なスキルだと思います。

長井さん
くにさん

くにさん たしかに、看護師として働く中でも自分の「患者としての経験」が現場に活きた、と感じることは結構ありました。例えば、患者さんへ治療の説明をする時には、自分が実際に体験した検査も多くあったことからより具体的な説明ができました。あとは、入院や通院をしたことがある身だからこそわかる患者さんへの接し方やケアの方法についても面接時にもアピールするようにしていました。

山根さん

山根さん 私の場合は学生時代にインターンやアルバイト、 実習や卒論の執筆など懸命に取り組んだことも多かったので、面接時には「学生時代に自分が何を頑張ったのか」というところもフラットにアピールするようにしました。学生の頃から病気と向き合いながら生活を送っていたことで「その中で自分には何ができるのか」「どうやったらよりよく働けるのか」という点も具体的に言語化できたのだと思います。病気の話に加えて、そういった部分も併せてPRとして伝えることも大切だと思います。

山根さん
江﨑先生

江﨑先生 私の立場としては、患者さんの就活に対して一つの意見を統一して持っているというよりは、個々の性格や病状に合わせた対応を都度行うというところが実情です。ですので、このディスカッションを通して非常に多くのことを学ばせていただきました。今後患者さんと接する中で就活や進路の話に触れた際には「こういうアピールの仕方もあるみたいですよ」というのを伝えてみるのもいいかもと思いました。

3 みんなの就活お悩み Q&A

就活や就労に関する疑問やお悩みについてIBD患者として、また社会人としても先輩である登壇者の皆さんにお答えいただきました。

Q-1. 就労先へのIBDの開示はどうしたらいい?

くにさん

くにさん 私はどの職場でも通院日を絶対確保したいと思っていたので、履歴書段階から病名とともに「通院のためのお休みを月に一回程度ほしい」と希望を書くようにしていました。その点は話がスムーズに進んで良かったと思います。ただ、同僚へも徐々に話すようにはしていたのですが、「病気を理由に成長を怠けているんじゃないか」みたいなことを言われることもあって、開示にも良し悪しの両面があると思ったのも事実。私の中では開示内容にも濃淡があって「治療のこの内容は話したくない」といった部分などは線引きをして、あえて伝えないこともありました。

山根さん

山根さん 私の場合は新卒の就活時は寛解していて、正直伝えなくても大丈夫な状態ではありました。とはいえ「もし再燃したら」という不安も大きかったので、今後を見通してどの会社にも開示をしていました。入社前の人事面談などでは「この病気にはどういう症状があって、今は安定しているけどもしかしたらこうなるかもしれない」とか「 その時にはこんな配慮をいただけたら働けます」など具体的なすり合わせもするようにしていました。

山根さん
江﨑先生

江﨑先生 治療する側からしても、病状が悪化した時や入院が必要となった時などに周囲に理解を得られるかが一番気になるところではあります。就労中に発症された患者さんの場合は、両立支援などもありますので病院のソーシャルワーカー経由で企業と連絡を取り合って、合理的配慮として患者さんが働きやすくなるようなフォローをしていきたいと思っています。いろんなサポートの形があると思いますので、一人で抱え込まず、ぜひ相談をしていただけたらと思います。

Q-2. ストレスや緊張がつきものの就活、どうやって乗り切ればいい?

長井さん

長井さん IBD患者に限らず、就活自体が緊張するものだという認識をまず持つことで、「自分だけではない」と思うだけでも少しは気が楽になるのではないかと思います。加えて、緊張すること自体を悪く捉えないこと。真剣に考えているからこその緊張だと思うので「この緊張はむしろいいこと」と捉えて、なるべく柔らかい気持ちで過ごしていただけたらと思います。もう一つのポイントは慣れること。面接という非日常に慣れるのは一見難しく思われるかもしれませんが、皆さんは病気と付き合う上でもハードな検査を乗り越え、それを日常化してきた方々です。なので、自信を持ってあまり重く捉えずに自分に合った会社や働き方を見つけてほしいと願っています。

山根さん

山根さん 就活って、「企業側に選んでいただく」という気持ちになってしまいがちですが、同時に「自分が相性のいい会社を見つけるための時間」でもあります。私自身、お見送りされた会社も何社もあったのですが、そんな時には「相性が合わなかった」とうまく切り替えながら過ごしていました。経験上、就活中であってもリフレッシュはとても重要な時間。割り切って楽しいことや趣味に割く時間を捻出することも意味があると思います。

山根さん

Q-3. IBD就活生にとっての情報収集、何が重要?

長井さん

長井さん 現代の情報社会ではネットの口コミサイトやSNSでも結構生々しい情報が溢れていて、そういう意味では情報が収集しやすい環境ではあります。ただ、そこをうまく活用しつつも「一意見」を鱗呑みにしないことも重要。口コミを見て「これだったらやめよう」ではなく、「これが正しいかどうか確認しに行こう」と赴いてみるのも一つの手段です。情報を元に行動をやめるというよりは、むしろどんな行動に繋げられるかと捉えていく方が結果的に納得のいく就活になる気がしています。

江﨑先生

江﨑先生 私の立場から言えることは、IBDの正しい知識を改めて収集していただきたいということ。学会としても消化器内科医・消化器外科医が協力して患者さん向けの冊子をホームページで公開しています。製薬会社が提供しているIBDに関するホームページも参考になるでしょう*4。長井さんが仰る通り、一つの意見だけを鵜呑みにしてしまうと「自分には当てはまらない」という場合もありますので、情報を広く取り入れ、正しい知識を仕入れながら都度参考にしてもらえたらと思います。

江﨑先生

<参考文献>

Q-4. 病気を抱えながら自分らしく働くためにはどうしたらいい?

くにさん

くにさん 新卒での就職先では、体調を崩した時に「もっと早く相談してくれたらよかったのに」と言われたこともありました。そんな経験を受けて、周囲といい関係を作る上で自分のことを知ってもらう努力は人一倍必要かもしれないと感じました。具体的には「雑談の中で小出しに伝えていくこと」が結構大事だったなと思っていて…。とはいえ、病名や検査・治療の内容を具体的に伝えすぎると、相手が身構えてしまうことも結構あったので、「ちょっと今日お腹が痛いんだよね」「季節の変わり目だから体調を崩したのかも」みたいに患者ではない方にも起こりうるような言葉で伝えるのもいいかもしれません。そういった日常的なコミュニケーションの中で仕事をしやすい環境を整えてくことも大事かなと思います。

長井さん

長井さん あらゆる価値観がある中で職場の全ての人が同じ深度で理解や配慮をしてくれるかといったらそういうわけにもいかないのが現状。その前提に立った上で、チームで仕事を行うにあたって影響を与える事柄については早い段階から伝えることが重要かと思います。想定できる状況を予め伝えておくだけでも、相手の準備の仕方って変わると思うんですよね。病気を抱えている立場だと、どうしても「これができません」って言い方になりがちですが、そこを飛び越えて “できないこと”だけでなく、“できること”も分けて説明をすることができると、互いにとって良好な関係や環境が築けるのではないかと思います。

長井さん

4まとめ
―“働くことが楽しみになる”ことを実現するために―

最後に皆さんが語られたのは、IBDを抱えながら就活をされている皆さんに向けた温かい言葉でした。これから働き始めていく皆さんにとって少しでも“働くことが楽しみになる”きっかけの一つになりますように願いを込めてご紹介させていただきます。
くにさん

くにさん 私自身、学生の時には思いも寄らなかった仕事や人生を今歩んでいます。困難に直面することもありますが、その反面踏み出すことでチャンスを掴むこともあったと感じています。新しい繋がりによって視界が開けたり、別のお仕事の機会に繋がったりということを経験してきたので、今まさに一歩、二歩と踏み出している皆さんには自分らしく頑張ってもらって、その先で掴むもので人生や仕事を存分に楽しんでいただきたいなと思います。応援しています。

山根さん

山根さん 私も就活時には不安や心配が大きかったので、そういう悩みを抱えている方も多くいらっしゃると思います。ですが、自分のことを周囲に伝えながら行動していくことで働きやすい職場や環境に出会うことができ、“病気も含めた私”のことを理解してくれる人との出会いにも恵まれました。そんな風に皆さんも“自分がよりよく働ける環境”を見つけられるといいなと思っています。一つの経験談として今日のお話が何かの参考になれば嬉しいです。

山根さん
江﨑先生

江﨑先生 IBDは慢性の病気なので就活時はもちろん、自分に合った仕事を続けていけることがより重要です。IBDの治療については、治療の選択肢や病気の活動性をコントロールする術も増えてきていますし、今後も増えると思います。医学の進歩という意味でも未来を明るく捉えていただきたいですし、我々も可能な限りサポートをしたいと改めて思いました。決して一人では悩まずに、主治医を中心に意見を仰いでいただいた上で正しく病気と付き合っていただければと思います。

長井さん

長井さん 就活の中では不採用通知を受ける場面に遭遇することもあると思います。そうした時に受験の不合格をイメージして「能力が足りなかった」とか「病気のせいじゃないか」とか思い悩むことも出てくるかもしれません。でも、就職は決して能力のある・なしのみで判断されているのではなく、会社の風土や考え方に合うかどうかで判断されていることも多いです。ですので、落ち込む必要は全くなく、むしろ「合わない会社がわかった」と捉えた方が前向きにいられるのではないでしょうか。これからの長い人生を考えた時に働く時間は人生の大半を占めていくので、働く場所を探すことは、自分にとって楽しい時間を探すことと言い換えられるとも思います。自分がいきいきと楽しく働くことができる場所を探す機会。そんな風に就活を捉えて前に進んでいただけたらと思います。頑張ってください!

長井さん

IBD専門医、先輩IBD患者さんのメッセージ動画公開

イベント内容の一部を動画でご紹介!

就活のプロ、IBD専門医からのメッセージ動画

ご自身も潰瘍性大腸炎患者であるキャリアコンサルタントの長井亮氏より「就活の乗り切り方」について。
IBD診療のエキスパートである江﨑幹宏先生より「医師からこれからはたらき始める患者さんに伝えたいこと」についてコメントを頂きました。

先輩IBD患者さんからのアドバイス動画

山根優花さん(潰瘍性大腸炎患者)より面接時における「自分の売り込み方」について。
山根優花さん及び、くにさん(クローン病患者)より「IBDの開示と伝え方」についてコメントを頂きました。

今回のグラフィックレコーディング

今回のグラフィックレコーディング

5登壇者プロフィール

登壇者プロフィール

江﨑先生

江﨑先生江﨑 幹宏 (えさき もとひろ) 先生
佐賀大学 医学部内科学講座 消化器内科 教授

九州大学医学部卒業。日本炎症性腸疾患学会をはじめ複数の学会に所属し、IBD診療のエキスパートとして活躍。IBDの専門医として、佐賀大学医学部附属病院にて、日々IBD患者さんに寄り添った治療をおこなっている。

長井さん

長井さん長井 亮 (ながい りょう) 氏
株式会社アールナイン 代表取締役社長

1999年に株式会社リクルート入社。2009年にアールナイン設立。5,000人を超える就職・転職の相談実績を持つ。大学受験浪人中に潰瘍性大腸炎を発症。就職活動時は難病を選考中の企業に伝えるべきか、といったことに悩んだ。

山根さん

山根さん山根 優花 (やまね ゆうか) さん

高校3年生の時に潰瘍性大腸炎を発症。病気の発症をきっかけに大学で社会福祉を学び、障害を持つ方の就労支援企業にて勤務。

くにさん

くにさんくに さん (仮名)

高校生の時にクローン病を発症。自身の治療の経験を活かすために新卒で看護師として就職。その後は、症状や環境に合わせて職場を選択。

登壇者のご所属名・役職名は2023年11月26日時点のものです。