IBD患者・専門医・社会の視点から考える
「ワークシックバランス」を
実現させるこれからの働き方
「ワークシックバランス」とは、病気があっても自分らしくはたらくことができる世の中の実現を目指して、「IBDとはたらく』プロジェクトが発信している考え方です。この考え方をテーマとして、世界IBDデーの5月19日(水)にオンラインイベント「『IBDとはたらく』ライブセッション」を開催しました。
- IBD(Inflammatory Bowel Disease:炎症性腸疾患)とは
- IBD (Inflammatory Bowel Disease:炎症性腸疾患)は、主にクローン病と潰瘍性大腸炎を指し、未だに原因が特定されていない国の指定難病です。小腸や大腸の粘膜に慢性の炎症を引き起こし、長期に渡って再燃と寛解を繰り返します。患者数は世界規模で増加傾向にあり、日本には約29万人(クローン病:約7万人、潰瘍性大腸炎:約22万人)いるとされています*1。10 代から20代の若年層に好発する特徴があります*2,*3。
<参考文献>
- *1 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業難治性炎症性腸管障害に関する調査研究2016
- *2 難病情報センター(クローン病): http://www.nanbyou.or.jp/entry/81
- *3 難病情報センター(潰瘍性大腸炎): http://www.nanbyou.or.jp/entry/62
- IBDとはたらくプロジェクトについて
- IBDとはたらくプロジェクトとは2019年5月、NPO法人IBDネットワークおよび難病専門の就労移行支援事業を行う株式会社ゼネラルパートナーズの協力のもと、ヤンセンが立ち上げたIBD疾患啓発活動です。IBD患者さんが、難病を抱えながらも自分らしくはたらくことを後押しするとともに、社会や企業への理解促進などを通じて働きやすい就労環境作りにも取り組みます。詳しくは、特設サイト(https://www.ibd-life.jp/project/hataraku/)をご覧ください。
イベントのオープニングは、新作落語を得意演目とする人気落語家・林家彦いち氏のIBD落語。働くIBD患者さんの実体験を基にした演目を披露しました。
一八(いっぱち)が、同じ病に苦しむ方のためにIBDの認知・理解を広めるという内容で、IBDの症状や働く患者さんの実情を落語という斬新な手法で楽しく、そして分かりやすく表現しました。
登壇者の岸氏からは、病気のことはどうしても深刻になりがちだが、こうして明るく伝えることで誰にでもIBDについて知ってもらえると思うとの感想があがりました。
慶應義塾大学大学院教授の岸博幸氏、北里大学北里研究所病院 炎症性腸疾患先進治療センター副センター長の小林拓先生、潰瘍性大腸炎患者さんのランさん、そしてMCにクローン病を抱えながら活躍するお笑い芸人・お侍ちゃんを迎え、「仕事と病の両立」の観点から、患者さんのこれからの働き方について議論を深めました。
2-1. IBD患者さんの働き方
ポイント
- IBD患者さんの努力は、周囲からは見えにくい
- スモールステップでできることを増やすことが重要
- 就労や生活を制限する治療から、本来の生活を取り戻す治療に
ランさん IBDは、体調が悪いときも良いときも治療を続けるので、人よりも体調を維持するための努力が必要です。ただ、その努力は見えないので、周囲は病気のことを理解しづらいんです。ある意味、就職活動より就職後の方が大変なことが多いかもしれません。
私はIBDを発症して7年半くらいで、最初の2~3年は体調の悪い時が多かったです。そこから色々な治療を試すうちに、病気との付き合い方が少しずつわかり、勤務日数を増やしていくなど、スモールステップでできることを広げました。
発症初期の方、体調が悪化している方は将来がとても心配だと思いますが、体調と相談しながらできることを増やせると良いなと思います。
お侍ちゃん 小林先生、患者さんの働き方は変わっていますか?
小林先生 これまでは仕事や食事など、いかに制限をしていくかが考え方の中心でした。しかし、ここ10~20年で治療は進歩し、働き方の多様化も相まって、いかに制限なく本来の日常を取り戻せるかという発想に変わりつつあります。IBD患者さんが働ける機会は増えていると感じています。
2-2. 仕事における苦労について
ポイント
- 一番苦労するのは心のコントロール。落ち込みすぎない工夫を
- 患者さんと医師、二人三脚で病との付き合い方を考える
- 病が仕事に影響のない人はわずか10%、行政による就労患者さんのサポートが課題
ランさん 私自身、時々お腹の調子が悪くなったりすることがありますが、その時は職場に事情を伝えて無理せず休み、回復したら仕事上でその分をカバーすることを心がけています。病と付き合う中で一番大変なことは、心の調整です。休むと「迷惑をかけてしまったな」とネガティブな気持ちになりますが、落ち込みすぎないようコントロールしています。
お侍ちゃん 患者さんにとって大切なことはなんでしょうか?
小林先生 小林先生 病気との付き合い方を、患者さんと医師で一緒に見つけていくことが大切だと考えています。有効な治療法を探る中で、日常生活や就労面で不安や壁に感じていることがあれば、医師と共有しながら解消することが大事です。
イベントを視聴いただいているIBD患者さんへのアンケート
Q1. IBD患者の方に質問です。
現在の就労状況についてあてはまるものをお選びください。
- ■フルタイムで働いている
- ■パートタイムなど時間に融通が利く形で働いている
- ■就職活動中
- ■働いていない(学生/主婦/主夫等)
- ■その他
Q2. 現在もしくは過去に就労していたIBD患者の方に質問です。
ご自身のお考えにもっとも近いものをお選びください。
- ■IBDがもたらす仕事への影響が大きいと感じている
- ■仕事に影響が出る時もあるが、うまく調整して働いている
- ■特に仕事には影響がなく働くことができている
お侍ちゃん 岸さんはIBD患者さんの実情をお聞きになって、世の中とのギャップを感じたことはありますか?
岸さん 個人的に残念だと思ったことは、働いている患者さんが多い一方で、仕事に影響のない患者さんは10%しかいないことです。行政は、医療費・就労支援などは充実させていますが、病を持つ人が働き続けるための支援はまだまだ不十分だと感じています。また、企業や周囲の人々はIBD患者さんを応援したいはずですが、やり方は誰にもわからない暗中模索の状態なので、そこも変えていかなければなりません。
2-3. 仕事と周囲の関係について
ポイント
- 周囲の理解を得るためには、丁寧なコミュニケーションが重要
- 「仕事と病の両立」を浸透させるためには、企業のトップが変わることも必要
お侍ちゃん ランさんは周囲との関係の作り方をどのようにお考えですか?
ランさん 出勤日や時間を調整してもらうなど、日ごろから周囲に配慮いただいているので、病気を理解してもらうための関係づくりは大切です。もう一つ、職場の人が病気を理解できないことはある意味当然だと考えています。というのも、通院や診察は自分ひとりでやっているので、身近にいる家族ですら把握できてないことは多いんです。周囲は「元気=治っている」と感じるはずなので、その事実を受け止めながら、丁寧に伝え続けることが大切かなと感じています。日々トライアンドエラーです。
イベントを視聴いただいているIBD患者さんへのアンケート
Q3. 現在もしくは過去に就労していたIBD患者の方に質問です。
周囲への相談について、もっとも近いものをお選びください。
- ■IBDという病気の情報や必要なサポートについて伝えている
- ■病名までは伝えず、持病があることのみ伝えている
- ■同僚には病気があることを伝えていない
小林先生 病気があることを伝えていない23%の中に「病のことを伝えたいのに伝えられない人」がいるはずです。病気を話すことは必須ではないですが、病状が辛くても打ち明けられないと思う人をきちんとサポートしていきたいと改めて感じました。
岸さん 小林先生のおっしゃるように、打ち明けたくてもそれができない方々の環境を変えることは大切です。これは企業のトップダウンで浸透させるしかないと考えています。もちろん現場の理解も必要ですが、どの部署でも同様の環境が整うよう「仕事と病の両立」の考え方の周知が重要です。
2-4. ワークシックバランスを
実現する働き方とは
ポイント
- 患者さん自身がIBD経験を活かした活躍ができるという前向きな視点を持つ
- 医療従事者は、ワークにも目を向け患者さんをサポートする
- 社会のイノベーションに繋がるIBD患者さんの視点を活かすために、積極的な環境整備を
岸さん 今はワークシックバランスの考え方を発信・浸透させる絶好のチャンスだと思っています。コロナの影響で政府の働き方改革が推進され、リモートワークは当たり前の環境になりつつあります。そういった観点ではIBD患者さんも自分のやり方にあった働き方を追求しやすくなるでしょう。
ランさん 私もリモートワークの推進は、ワークシックバランス浸透の追い風だと思います。また、浸透のためには患者さん自身がIBD経験を活かした活躍ができるという前向きな視点を持つことも大切だと考えています。例えば、私は医療関係に従事していまして、患者さんの立場になれることが活かせています。また、参加しているIBD患者さん向けのボランティアのご縁で副業にも繋がりました。IBDと付き合っているからこそ持てる視点・アイデアはきっと社会に役立つと思います。
お侍ちゃん 小林先生は、ワークシックバランスの観点で、医師がこれから取り組むべきことはありますか?
小林先生 医療従事者は、どうしても「シック」の比重が大きくなってしまいます。薬の処方に加えて、「休んだ方が安心だよね」「お腹に優しいものを食べた方が安心だよね」と無理をさせない声をかけがちです。「ワーク」にも目を向けて、患者さんと付き合うという視点を関係者みんなで持つようにしたいです。また、医療者として「仕事と病の両立」のお手伝いだけでなく、「シック」の部分を限りなくゼロにしていくことも達成していきたいと思います。
お侍ちゃん 岸さん、最近では働き方が多様化していますが、病気を持ちながら働く人々の強い後押しになりますか?
岸さん リモートワークや副業など、自由な働き方が認められてきているので、間違いなく後押しになると思います。また、ランさんのようにIBDとうまく付き合っているからこそ、他人と違った視点から物事を見られるはずで、それは社会のイノベーションを起こせる可能性を秘めています。患者さんのワークシックバランスを実現するために、医療従事者や企業・行政、そして患者さんと一緒に働く「みんな」で働きやすい環境を作っていくことが大切ですね。
議論の内容はグラフィックレコーディングを用いて記録し、要点を理解しやすく可視化しました。登壇者それぞれの立場から「仕事と病の両立」について深掘りしたMCのお侍ちゃんは、「今回のイベントが患者さんにとって、何か気付きや、自分の中の引き出しを増やす機会になれば、もっと素敵な明日が送れると思う」とのメッセージとともにイベントを締めくくりました。
今回のグラフィックレコーディング
IBD落語 ゲスト
- 林家彦いち 氏
- 落語家
トークセッション ゲスト
- 岸 博幸 氏
- 慶應義塾大学大学院教授
- 小林 拓 先生
- 北里大学北里研究所病院 炎症性腸疾患先進治療センター 副センター長
- ラン さん(仮名)
- IBD患者
トークセッション MC
- お侍ちゃん
- お笑い芸人