※IBD(Inflammatory Bowel Disease):炎症性腸疾患。一般に潰瘍性大腸炎とクローン病のこと。

妊娠・出産について

妊娠・出産について

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専門医が監修

平岡 佐規子 先生

平岡 佐規子 先生

岡山大学病院 炎症性腸疾患センター センター長

潰瘍性大腸炎あるいはクローン病が妊娠や出産、赤ちゃんに影響を及ぼすのではないかと不安に思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、潰瘍性大腸炎もクローン病も妊娠・出産への支障が少ない病気と考えられています。患者さんやパートナーが送りたいライフスタイルを実現する一助として、妊娠・出産に関する不安や悩みが少しでも解消できれば幸いです。

女性のクローン病患者さんへ

クローン病患者さんの場合、妊娠により症状が良くなったり悪くなったりすることはあまりないと言われています1,2)。症状が落ち着いている状態(寛解期)であれば、病気そのものが妊娠・出産に影響することは少ないとされていますが、腸に炎症があり症状が悪化している状態(活動期)では妊娠しにくくなる可能性があるだけでなく、流産や早産などのリスクが高くなると言われています1,2)

大切なことは、症状が落ち着いている状態(寛解期)を維持することを目標にしながら、なるべく寛解期で妊娠・出産できるように主治医と相談しながら体調を整えることです。

クローン病患者さんでは、特に腸管合併症のある方は注意が必要です。腸管合併症には、腸管の内腔が狭くなる(狭窄<きょうさく>)、直腸周辺や肛門に膿がたまり皮膚にトンネルのような穴ができる(痔瘻<じろう>)などがあります。たとえば、狭窄がある患者さんが妊娠された場合、腸が子宮で圧迫され腸が塞がる(腸閉塞)などの危険がありますので、前もってご自身の腸の状態を確認しておくことをお勧めします。また、クローン病の治療のために腸管(特に栄養を吸収する小腸)を多く切除された患者さんや治療として食事療法を積極的に取り入れている患者さんでは、妊娠中に鉄やビタミンが不足することがあります。ごくまれですが、お母さんや赤ちゃんによくない影響を及ぼすこともありますので、栄養補充のために必要な食事内容やサプリメントについて、栄養士の先生方から助言をもらうこともお勧めすべきと思い始めています。

次に治療と妊娠について説明します。クローン病に使用される治療薬のほとんどは、妊娠中に使用しても流産、早産、胎児奇形などのトラブルが増えることはないとされていますが1,2)、治療薬の種類によっては薬の量の調節あるいは中止を検討することがあります。妊娠中に症状が再燃したり、悪化したりした場合には、調子をよくするためにクローン病の治療薬を追加することもあります。医師も、妊娠中の患者さんには母体や胎児にできるだけ影響が少ない薬から選んで治療を行いますので、妊娠中の再燃を防ぐためにも、自己判断で薬を中断するのではなく、疑問や不安に感じることがあれば主治医に確認や相談をしましょう。

クローン病の患者さんで手術を受けた場合、妊娠率が低下する可能性が指摘されており、原因として手術による卵巣の癒着(組織同士がくっつくこと)などが考えられています1,2)。妊娠がなかなか成立しない場合は、生殖補助医療(体外受精など)を試みることもあります1,2)。主治医に相談し、婦人科に紹介してもらうとよいでしょう。もちろんその際も、症状が落ち着いている状態(寛解期)であることが大切です。

一般に、病気がない場合でも、日本人における流産の割合は20歳代では10%程度3)、40歳代では40%以上3)、先天異常は全体の3~5%3)、早産率は5.7%4)と言われており、残念ながらゼロにはなりません。万が一、なんらかのトラブルが起こった場合も、決してご自身を責めないでください。赤ちゃんが欲しいと思う気持ちとその覚悟はとても尊いものです。

男性のクローン病患者さんへ

クローン病は、基本的に男性不妊に影響がない病気と考えられています。

一部の治療薬は、精子の数や運動能を低下させ男性不妊の原因となる可能性がありますが、服用を中止すれば2~3ヵ月で元に戻ると言われています1)。腸の手術では、手術部位によって性機能に与える影響が異なります。直腸など骨盤内の手術では性機能障害により男性不妊の原因の一つになることがありますが、それ以外の手術では性機能に影響することはまれと言われています1)

パートナーがクローン病患者さんの方へ

パートナーである患者さんと同じくらい、あるいはそれ以上に妊娠・出産・育児について、不安な気持ちになっている方もいらっしゃるかもしれません。妊娠中あるいは育児中は、ストレスや睡眠不足などで体調を崩し症状が悪化してしまうことがあります。パートナーが治療と育児をはじめとする日常生活を両立できるように、可能な範囲でパートナーへの理解と協力をいただけると医師としても心強いです。

遺伝について

ご自身がクローン病であることで、お子さんへの遺伝を気にされるかもしれません。確かにご両親のうちのいずれかが炎症性腸疾患(一般に、クローン病・潰瘍性大腸炎のことを指す)である場合に、お子さんが炎症性腸疾患を発症する確率は一般より少し高いことが知られています2)。しかし、炎症性腸疾患にならないお子さんの方がはるかに多いという事実も知っておくことが大切です1)

最後に

最近ではプレコンセプションケアという考えが徐々に広まっています。プレコンセプションケアは、妊娠前の女性やカップルに対して将来の妊娠のために、医療や教育などを通じて支援を行うという考え方です5)。ご自身やパートナーが妊娠を希望する場合には、医師も一緒に治療方針を考えますので、早めに主治医に相談をするとよいでしょう。今後は、プレコンセプションケアとして、事前に産婦人科や栄養士の先生方のお話を聞いておくことも大切になってくるでしょう。

  • 1)厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 難治性炎症性腸管障害に関する調査研究(久松班):妊娠を迎える炎症性腸疾患患者さんへ 知っておきたい基礎知識Q&A 第2版, 2022(http://www.ibdjapan.org/pdf/doc18.pdf)(2023年7月5日アクセス)
  • 2)Torres J, et al.:European Crohn’s and Colitis Guidelines on Sexuality, Fertility, Pregnancy, and Lactation. J Crohns Colitis. 2023;17:1-27
  • 3)公益社団法人 日本産科婦人科学会・公益社団法人 日本産婦人科医会 編・監:産婦人科診療ガイドラインー産科編2020, P60, 120, 公益社団法人 日本産科婦人科学会事務局, 2020 (https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2020.pdf)(2023年7月5日アクセス)
  • 4)Isayama T:The clinical management and outcomes of extremely preterm infants in Japan: past, present, and future. Transl Pediatr. 2019;8:199-211
    World Health Organization:Preconception care: Maximizing the gains for maternal and child health – Policy brief, 2013(https://www.who.int/publications/i/item/WHO-FWC-MCA-13.02)(2023年7月5日アクセス)
平岡 佐規子(ヒラオカ サキコ)

平岡 佐規子(ヒラオカ サキコ)

岡山大学病院
炎症性腸疾患センター センター長

ご所属名・役職名は2023年8月25日時点のものです。

1994年に岡山大学医学部医学科を卒業後、第一内科(現、消化器・肝臓内科学)に入局。香川県立中央病院、国立療養所津山病院、津山中央病院を経て、2000年に岡山大学第一内科に帰局。2016年より岡山大学病院に炎症性腸疾患センターが設立され、副センター長に就任、2019年より現職。

様々な分野に興味はあったが、急性疾患から慢性疾患のケア、内視鏡検査のような手技から多種の治療薬を使った診療ができる消化器内科にひかれ、志すようになる。大学に帰局後しばらくは消化管疾患のトランスレーショナルリサーチなどを行う。その後、以前より興味があった炎症性腸疾患の診療・研究に従事、後輩の育成とともに自らも臨床力の向上を目指し励んでいる。

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